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Vol.27 『ER』で大ブレイクしたモーラ・ティアニー

2006年11月13日
『ER 緊急救命室』のアビー・ロックハートは、看護婦から医者に転身したクールな女性で、家族運と男性運の悪さは天下一品といったキャラクターです。プライベートで様々な問題を抱えるアビーは、ヘビー・スモーカーで、アルコール中毒に苦しんでいた時期もありました。しかし、どんな状況におかれても冷静さを失わず、患者のために最善を尽くす姿は多くの視聴者から支持を得ています。今回は『ER』で大ブレイクしたモーラ・ティアニーをご紹介します。

父親は政治家
モーラは1965年2月3日、マサチューセッツ州ボストンで、市議会議員の父と不動産エージェントである母との間に第一子として誕生しました。

三人兄弟の長女として育った彼女は、マサチューセッツ州ヒンガムにあるノートルダム・アカデミーに通い、ここで始めて演劇と出会います。そしてボストン・グローブ・ドラマ・フェスティバルに出演し、演劇の楽しさを感じるようになったのです。

卒業後、ニューヨーク大学に進学したものの卒業を目の前にして中退し、演劇の道に進むためにブロードウェイの有名シアターが主催するサークル・イン・ザ・スクエア・シアター・スクールに入学してしまいます。そして、『Baby with the bathwater』『Danny and the Deep Blue Sea』などの舞台に出演するなど舞台女優として活躍するようになっていったのです。

マイケル・J・フォックスの出世ドラマにも出演
女優として、舞台だけではなくテレビや映画でも活動したいと考えたモーラはロサンゼルスに移り住みオーディションを受けまくります。そして、1987年ディズニーのTV映画『Student Exchange』でテレビデビューを果たしたのです。

1989年にはマイケル・J・フォックスの出世ドラマ『ファミリー・タイズ』に出演するものの、なかなか思うような仕事が入らずスケジュールが空白の日が続いたある日、友人が気晴らしにと「ブラインド・デート」をセットアップしてくれました。デートの相手を知らぬまま向かったモーラを、ハリウッド・ホリデー・インの最上階レストランで待っていたのが俳優ビリー・モリセットだったのです。3歳年上のビリーとモーラは意気投合し交際をスタートさせ、4年後の1993年2月に結婚しました。

1991年にB級映画『Dead Women in Lingerie』でスクリーン・デビューしたものの散々な結果に終わり、ドラマもちょい役ばかりの下積みの日々が数年続きましたが1995年に転機が訪れます。

人気コメディドラマに、そして『ER』に!
1995年、新コメディドラマのオーディションを受けたモーラは見事合格し、翌日からそのドラマのパイロット版撮影に入りました。この番組は、ニュースラジオ局が舞台のコメディドラマ『NewsRadio』で、モーラは初めてテレビドラマでメイン・キャラクターを演じることに。このドラマはコンスタントに視聴率を稼ぎ1999年まで放送されました。

この間、モーラは映画にも出演。ジム・キャリーと共演した『ライヤー・ライヤー』(1997)や『パーフェクト・カップル』(1998)、『恋は嵐のように』(1999)など映画はヒットし、全米に顔が知れ渡るようになったのです。

そして、『NewsRadio』番組終了直後、オーディションなしで婦人科ナースとしての役をオファーされ、ゲストスターとして『ER』に出演するようになったのでした。

エミー賞常連女優に
2000年に『ER』にレギュラーとして出演契約を交わしたモーラは、その年のエミー賞にさっそくノミネートされます。母親役を演じたサリー・フィールドとの共演では、大女優に引けをとらない見事な演技を披露し、モーラの知名度は一気に上昇したのです。

多忙なスケジュールではあるものの、モーラは映画にも出演しており、夫ビリーが監督・脚本を努めた映画『Scotland,PA』ではクリストファー・ウォーケンと共演し話題になりました。また今年5月にはオフ・ブロードウェイの舞台『Some Gir』に出演しています。

キャリアは順調そのものですが、私生活では7月に離婚に向けての手続きを開始したと発表しています。

『ER』シーズン12ではモーラ演じるアビーの存在がますます大きくなり、ファイナルではかなりショッキングな展開となり大きな話題となりました。今後も実力派女優、モーラの活躍から目が離せそうにありません!

<次回は、『ER』に出演した豪華ゲストたちです。お楽しみに!>