ミランダ・カー 恋人は詐欺師や売れないバンドマン・・・ 男運のなかった女が、世界で最も稼ぐ伝説のスーパーモデルになるまでの一部始終!【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.6】

ミランダ・カー
ミランダ・カー

今回から取り上げるのはあの大人気スーパーモデル、ミランダ・カー。抜群のスタイルと爽やかな笑顔で世界中をトリコにした彼女だけど、実は意外とドロドロな人生を歩んでいたって知ってた? ポジティブでキュートなイメージとは裏腹に、何度も崖っぷちに追い込まれていたミランダ先生から、人生の教訓を学んじゃおう!

▼このシリーズの前の記事はこちら

セレーナ・ゴメス

セレーナ・ゴメス -人生をかけて愛した男ジャスティン・ビーバーが、いきなりほかの女と結婚!すべての苦しみをバネに、強く生きることを決意したセレーナのその後【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.5】

2021年7月8日

▼シリーズを全て読みたいかたはこちら

セレーナ・ゴメス

田舎で育った美少女が経験した恋人との悲しい別れ

ミランダ・カーは、1983年オーストラリアのシドニー生まれ。でも幼少期のほとんどをニュー・サウス・ウェールズ州のガネダーという町で過ごすの。ミランダの母によると幼少期のミランダはとにかくネアカで、寝ているときでさえ笑っているような子だったそう。

ガネダーは当時人口がたったの1万2千人ほどの本当に小さな街でね。 本人曰く「おばあちゃんの農場でバイクで競争したり、馬を乗り回したり」していたらしいの。「かなり地に足がついた生活だった。気取ったところもなく、他人が何を着ているとか誰も気にしてなかった」んですって。自然に囲まれた環境でかなり伸び伸びと育ったのね。

▼弟のマッティと一緒に写った幼い頃のミランダ

 

この投稿をInstagramで見る

 

Miranda(@mirandakerr)がシェアした投稿

そんなミランダが初めてモデル業界に足を踏み入れたのは、なんと若干13歳のとき!ティーンの女子向け雑誌Dolly誌(現在は廃刊)」が毎年恒例で開催していた、新人モデル発掘コンテストに応募した彼女。応募写真を見たとき、雑誌の担当者が「この子が絶対優勝する」と思ったくらいの逸材だったらしいわよ?

▼こちらがミランダの応募写真たち。美少女すぎて怖い!

 

この投稿をInstagramで見る

 

ℱ❁(@faayye)がシェアした投稿

結果はもちろん優勝!その後Dolly誌のカバーを飾ったミランダは13歳にしてこの完成された美しさ!私、13歳のときなんて、うすらヒゲ生えてたわよ!神様って本当に不公平だわぁ。

▼初の仕事とは思えないほど堂々としたモデルっぷり!

でも当時は、13歳でこんな雑誌のモデルをするなんて若い子の健全な育成に悪影響だ、なんて声もあったみたい。しまいには、ミランダの写真はペドフィリア(小児性愛)を助長する、なんて意見まで出てきたの。そんな経緯もあって彼女は、高校を卒業するまでモデル業はあくまで学業の妨げにならない程度にとどめていたみたい。

▼美少女っぷりが世間の人の心をかき乱したことは確か

この投稿をInstagramで見る

 

ℱ❁(@faayye)がシェアした投稿

とはいえその美貌と抜群のスタイルで、十代にして明らかにほかの子とは異なる刺激的な人生を歩み出したミランダ。でもちょうどその頃、順風満帆だった彼女を崖っぷちに追いやる、いやむしろ奈落の底に突き落とすような事件が発生するの。ミランダが16歳のとき、なんと当時恋人だったクリストファーが交通事故で死亡。彼女は、2年もの間お付き合いをしていた初恋の人を突然失う、という悲劇に見舞われるの。

▼初恋の人、クリストファーと

後に「クリスと、将来のことや家族を持つことも話合っていた」と語ったミランダ。結婚を考えるほど愛していた相手を亡くしたことで鬱(うつ)になり、セラピーにも通ったらしいわよ 。でも最終的には「結局自分を救えるのは自分しかいない」という悟りの境地に達したみたい。

ミランダは自著の「トレジャー・ユアセルフ」で「 一生のうち一度でも自分の人生に関わった人は、その後もずっと自分と共にいるんだ、ということを彼の死から学んだの。それで彼を失ったことをくよくよ考えるより、一緒に過ごせた時間に感謝するという選択ができることに気づいた」とも述べているの。

クリストファーが亡くなった後、「いつか子供にあなたの名前をつけるわ」という手紙を書いたミランダ。十代で、最愛の人の死を乗り越えるという悲劇を経験し、前向きに人生を生きることを決意した彼女は、本当にすごいわね!

詐欺師の恋人のおかげでスーパーモデルになれた女

人生って不思議なもので、恋人の死は結果的にミランダのモデルとしてのキャリアを後押しすることになるの。当時家族でブリスベンに引っ越していたけれど、いずれは故郷のガネダーに戻り、クリスと結婚して家族を作ろうと考えていたミランダ。でも彼の死後は、二人の思い出があふれるその土地に戻る理由がなくなってしまったそう 。

▼幼少期の思い出が詰まった故郷が、悲しい思い出の場所に

 

この投稿をInstagramで見る

 

Miranda(@mirandakerr)がシェアした投稿

人生プランの変更を余儀なくされた彼女はブリスベンにとどまることを決意。 モデルとしてのキャリアにとって都会暮らしはもちろん追い風になったわけ。それからミランダはロキシー(Roxy)やビラボン(BILLABONG)など国内の複数の大手ブランドと契約を結ぶことに。十代のうちに母国オーストラリアでは結構、認知度のあるモデルになっていたみたいね。

その頃ミランダが出会ったのが、金融投資家のエイドリアン・カミレリ。田舎育ちの素朴な元カレとは真逆のタイプのエイドリアンは、シドニーの高級住宅地に住んでいてとても羽振りがよくてね。 高いプレゼントをたくさんくれたり、高級リゾートでのバカンスに連れていってくれたりと、まさにミランダを姫扱いしてくれたみたいね。

▼「姫扱い、キライじゃないわよ♡」By ミランダ

via GIPHY

モデルとしてもっと広い世界に羽ばたけるように、とミランダをニューヨークに連れていったのも彼。これがきっかけで彼女はNYにある大手モデル事務所と契約を結び、リーバイス、ベッツィー・ジョンソン、ロヴェルト・カヴァリなどの有名ブランドのショーを歩くことに。あっというまに飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を始めるのね。

ミランダ・カー

有名ブランドのショーを歩けるようになったのもエイドリアンのおかげ?

成功への階段を駆け上がる過程で自国からニューヨークへと生活拠点を移したミランダ。そのせいもあって、エイドリアンとの関係は結局数カ月で終わってしまったの。まぁミランダにとって彼は、恐らく都合のいい”財布くん”的な存在だったのではないか・・・と思ってしまうのは私だけかしら?でもね、数年後その彼に関して衝撃の事実が発覚するのよ。

なんとこのエイドリアン、2005年に詐欺で逮捕されてしまったの!ミランダに貢ぐお金を捻出するために、顧客から預かったお金を使い込んでしまったらしいわよ。ミランダが楽しんだステキなレストランも、豪華なプレゼントも、ニューヨークへの飛行機代も全部、人からだまし取ったお金でまかなわれていたわけね。

ミランダ・カー

出所するエイドリアンを報じた記事。見た目もイカつめだったのね ・・・(Daily Telegraphより)

ミランダはその詐欺には一切関与していなかったらしいけど・・・私思ったわね。やっぱり本物の美女は男を狂わすのよねぇ!後にスーパーモデルとして天下を取るほどの逸材だったミランダ。彼女の心をつなぎとめるために、悪事に手を染めた男がいたとしても不思議ではないわよね。その美貌と魅力ゆえに、相手の男を崖っぷちに追い込んでしまったミランダ・カーは天性の小悪魔かもしれないわよ!

▼この美貌に狂わない男はいなかったってことかしら?

 

この投稿をInstagramで見る

 

Miranda Kerr 💙(@my_miranda.kerr)がシェアした投稿

アメリカで成功への階段を駆け上ったスーパーモデル

そんな詐欺師の元カレをものともせず、アメリカに渡ってからのミランダの快進撃は目覚ましいものがあったわね。数々のショーを渡り歩きながら、モデルとして顔を売った彼女は、その後「ELLE」紙や「ヴォーグ」紙などにも登場するように。そして、女性なら一度は聞いたことがあるコスメブランド「メイベリン」との大型契約をゲットするのね。

▼メイベリンとの契約を取るために制作したと思われるイメージ・ビデオ

彼女が登場した「メイベリン」の紙面広告は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで人気のあったランジェリー・ブランド、「ヴィクトリアズ・シークレット」のカタログ内にも掲載されることに。その広告をみた同ブランドからオファーを受け、後に彼女はこの有名ブランドのショーを歩くことになるの。

▼大人気だったヴィクトリアズ・シークレットのショー

 

当時のヴィクトリアズ・シークレットといえば、年に一度、華やかでエンタメ感満載のショーを開催して話題をさらっていたのね。ジゼル・ブンチェン、ナオミ・キャンベル、ハイディ・クルムなどの超一流モデルたちを起用したド派手なショーは、常に業界の注目の的だったわね。そのうち、このブランドのショーに起用されることがモデルとしてのキャリアの最高峰、とみなされるほどに。

▼世界中のモデルたちがこのショーに出たがっていたの

 

この投稿をInstagramで見る

 

Kate Grigorieva(@vsangelsvscocam)がシェアした投稿

モデルであれば誰もが憧れるようなブランドに起用されたミランダ。なんとオーストラリア人初のヴィクシーモデルという栄誉あるポジションだったのよ。当時の超売れっ子スーパーモデルたちと同じ舞台で、堂々とウォーキングを披露した彼女の知名度は急上昇。またたく間に一流モデルの仲間入りを果たすの。

▼2006年、ヴィクトリアズ・シークレットに初登場したミランダ

そんなミランダが、ニューヨークに移住してからお付き合いを始めた男性が、ジェイ・リオン。「Tamarama」というバンドのフロントマンだった彼はミランダと同じオーストラリア人。同郷ということで気も合ったのか、4年間もの長期にわたって関係が続くの。

▼ジェイ・リオン

 

ジェイは、いかにもオーストラリアのビーチにいそうなマッチョイケメン。見た目的にはかなりミランダとお似合いカップルだったわけ。でも、アメリカにきてたった2〜3年のうちにヴィクシーモデルにまで上り詰めた彼女と彼は、キャリアの面で大きな差がついてしまってね。

▼美男美女で見た目はめちゃお似合いよね♡

 

結局売れないバンドマンだったジェイは2007年、リアリティー番組「ザ ・ヒルズ」に出演することを決意。それがきっかけになって二人は最終的に破局し、別々の道を歩くことになるのね。一般的にカップルとして長く一緒にいるには、お互いが同じ速度で成長することが大事、というけれどさ。ミランダとジェイに限らず、浮き沈みの激しいこの業界ではそれってほぼ無理ゲーよね。 だって出会った当初はお互い無名でも、その後すぐにどちらかがめちゃくちゃ売れてしまう、なんてことは良くある話。

▼「めちゃくちゃ売れちゃいました!」by ミランダ

そこで立ち止まらず、後ろをふり返らず、上だけを目指せる人だけがきっと、本物のスターになれるんでしょうね。どうやらミランダにはその素質が十分にあったみたい。この後ヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルとしてモデル界の頂点に立った彼女は、まさに”旬のいい女”としてこの世の春を謳歌。そこでゲットしたワンランク上の恋、ライフスタイル、そして崖っぷちスキャンダルについては次回、詳しく掘り下げちゃうよ!

▼このシリーズの次の記事はこちら

ミランダ・カー

ミランダ・カー モデルとしての格を上げたオーランド・ブルームとの熱愛、結婚、そして離婚・・一世を風靡した完ぺきなカップルがあっさりと破局してしまった本当の理由とは?【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.7】

2021年7月23日

▼セレーナ・ゴメスについてディープに書いたシリーズもあるよ!まだ読んでいないあなたは必見!

セレーナ・ゴメス – 片親、貧困、クビ…恵まれない幼少期から不幸をバネに成り上がった少女時代 【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.1】

2021年6月5日
セレーナ・ゴメス

セレーナ・ゴメス – ジャスティン・ビーバーとの出会い、それは歴史に残る大恋愛の始まりであり地獄への扉でもあった【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.2】

2021年6月16日
セレーナ・ゴメス

セレーナ・ゴメス – 友達の裏切り、人間不信、精神不安定・・・ジャスティン・ビーバーとの泥沼恋愛がセレーナを崖っぷちに追い込んだ理由【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.3】

2021年6月23日
セレーナ・ゴメス

セレーナ・ゴメス - 激太り、鬱、難病・・・生き延びるために友人の腎臓を移植せざるを得なかった、人生最大の崖っぷち事件【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.4】

2021年6月30日
セレーナ・ゴメス

セレーナ・ゴメス -人生をかけて愛した男ジャスティン・ビーバーが、いきなりほかの女と結婚!すべての苦しみをバネに、強く生きることを決意したセレーナのその後【崖っぷちから這い上がった海外セレブたちVol.5】

2021年7月8日

海外セレブ、エンタメの最新情報をGETするには

tvgrooveをフォロー!