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【映画レビュー『オッペンハイマー』】大スクリーンで観てこそ意味がある、音響と映像による圧倒的“恐怖”-クリストファー・ノーランが描きあげる圧巻の叙事詩は、観客の感情・感想によって完成する

圧巻のノーラン監督最新作『オッペンハイマー』は確実に大スクリーン映画 © Universal Pictures. All Rights Reserved. REVIEW
圧巻のノーラン監督最新作『オッペンハイマー』は確実に大スクリーン映画 © Universal Pictures. All Rights Reserved.

クリストファー・ノーラン監督最新作『オッペンハイマー』が日本で公開される。“原爆の父”を描く今作、米公開から実に8ヶ月を経ての日本公開だ。今回は映画『オッペンハイマー』をIMAX®︎で目撃した感想とともに、今作が映画館で観るべき作品である理由を伝えたい。

もちろん、筆者も観ながら身震いしてしまったこの作品を「日本人全員観るべき!」とは言いがたい。しかし、ぜひ誰しもに観ていただきたい。少なくとも“原爆の父”を描く今作を批判したい方、文句を投げかけたい方は、本編がどのような作品か、確認してからにしていただきたい。

『オッペンハイマー』あらすじ

第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加した J・ロバート・ オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。

しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、オッペン ハイマーはのまれてゆくのだった―。(公式HPより)

広島・長崎での特別試写会決定 © Universal Pictures. All Rights Reserved.

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観客に託された叙事詩

今作は、基本的に叙事詩的な映画だ。もちろん(後述するが)オッペンハイマーの心情描写も圧巻。しかし、今作は誰かの肩を持ったり、誰かを褒め称えたりする映画ではない。あくまで映画自体は、起きたことと、オッペンハイマーの発言を我々に投げかけるのみ。誰かの肩を持ったり、何かを批判するとしたら、それは今作を観ている観客の役目だ。

結局、責任は誰にあるのか。アメリカを焦らせたナチスか。戦争を続けた日本か。原爆を作ったオッペンハイマーか。原爆を落とすことを決めたアメリカか。その全員に責任があるのか、逆に全員が「致し方なかった」と言い逃れできるのか。この映画は結論を断言するようなことはしない。

今作は、原爆に関するアメリカの思想を一方的に押し付けるような映画ではない。逆に、今作を観た観客それぞれの感情や感想をもって完成する。そんな作品だ。

© Universal Pictures. All Rights Reserved.

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グロなしの“圧倒的な恐怖体験”

恐怖に、グロテスク表現は要らない

なお、“原爆に関する映画”と聞くと、ただれた肌や人々の命が奪われる瞬間を衝撃的な映像で見せられるのではないかと怯える観客もいるだろう。しかし、今作は“グロテスクな表現”によって衝撃を植え付けようとする作品ではない

一部、被爆描写といえる映像が存在はする。しかし、“目を覆うほどの衝撃映像”のような表現は0といえる。そういった心配で今作を忌避している方には、「その類の心配は不要」と伝えたい。

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圧巻の音響と映像による“恐怖”

しかし、今作は確実に“怖い映画”である。暴力的な衝撃によってではなく、圧倒的な音響と映像表現を駆使した演出によって、オッペンハイマーが味わったであろう恐怖、“原爆の爆発”という現象への本質的な恐怖を体感させる作品だ。

音楽担当は『TENET』でも印象を残したルドヴィグ・ゴランソン。彼の音楽は、もはや“音楽”なのかもわからない音の塊として文字通り身体を震わせる。“音”も“無音”も操る、まさに音の魔法で観客の心を掌握するゴランソンには脱帽する。

ノーラン監督作品の常連撮影監督であるホイテ・ヴァン・ホイテマによる撮影も圧巻だ。ドラマパートでは徹底してリアルな演技と対話を、心理描写や爆弾に関するシーンでは鳥肌がたつほどの“圧”で映像に恐怖を浸透させている。

これらの点において、「大画面・大音量」は今作を100%味わうために不可欠といえる。スマートフォンや一般的なテレビでは今作の真の姿は絶対に味わえないと断言できる。アクションでもSFでもミュージカルでもない作品が、「大画面・大音量でなければ」と思わせるという貴重な1作だ。ぜひIMAXなど、できるだけ良い音響・画面で鑑賞していただきたい。

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葛藤する天才科学者

なんといっても、キリアン・マーフィによる葛藤の演技がすばらしい。今作で観客の目に見えるオッペンハイマーの“性格”に関していうと、完璧な善人でもなければ、極悪人でもないように見えるだろう。倫理観はもっているようで傲慢な面もあり、責任感はあるも、それが妙な形で出て人間関係を悪化させたりもする。しかし、能力があるだけの“普通の人物”が、人知を超えた(神の領域に踏み込むともいえるような)ものに手を出すことになり、誰とも共有できない孤独な葛藤に苛まれることになる。

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彼がいったい何を考えていたのか、どこまで心からの発言だったのか。それは本人のみぞ知ることだが、“大量殺りく兵器の生みの親”となるオッペンハイマーが、自分を責めたり、逆に自分を責めないように正当化の理由を自分に言い聞かせるように発言してみたり、細かく情緒を揺さぶられながら過ごしているという状態を、マーフィは見事に演じていた

ゴールデン・グローブ主演男優賞を獲得し、アカデミー賞でもノミネートされている彼の功績に、間違いはない。

実力を見せつける助演キャストたち

数々の賞レースで助演男優賞を獲得したりノミネートされたりしているロバート・ダウニー・Jrは、その視線や挙動ひとつひとつで確かな演技力を証明する。オッペンハイマーを振り回し続ける女性ジーンを演じたフローレンス・ピューも確実な存在感と、今作ではベッドシーンも披露している。妻役のエミリー・ブラントも、その力強い佇まいで目を奪う。

© Universal Pictures. All Rights Reserved.

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ほかにもマット・デイモン、ケネス・ブラナー、デイン・デハーン、ラミ・マレック、ゲイリー・オールドマンと、ノーランのもとに集まった確かな実力派キャストたちが、この大作を成功に導いている。

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前提知識は不要だが、あればなおよし

なお、今作の物語には資本主義と共産主義の対立や、終戦前後の情勢が大きく絡む。“原爆と生みの親”の物語に関しては前提知識がなくても味わえるが、もし当時の社会情勢や人間関係がわかると細かいところまで頭に入ってくるはずだ。ぜひ誰が誰を演じるのかだけでも公式サイトなどで予習しておくことをおすすめしたい。

『オッペンハイマー』レビューまとめ

結論を断言することなく叙事詩的に事実をつづりながら、グロテスク描写に頼らずに圧巻の音響・映像表現で“恐怖”を重くのしかからせる『オッペンハイマー』。キリアン・マーフィ、ロバート・ダウニー・Jrをはじめとする実力派キャストが名匠クリストファー・ノーラン監督のもとに集まって描き上げる“原爆の父”の葛藤と恐怖、終戦前後のアメリカの空気感を追体験し、観客が思い思いの感情・感想をもってこそ完成するこの映画を、ぜひIMAXほか大画面・大音響で味わっていただきたい。

映画『オッペンハイマー』は3月29日(金)公開。

『オッペンハイマー』作品情報

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)
2023年/アメリカ
配給:ビターズ・エンド  ユニバーサル映画 R15
© Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト

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