米カントリー音楽界のレジェンド、故ドリー・パートンの名前が、故郷テネシー州の玄関口に刻まれることになりそうだ。ナッシュビル国際空港(BNA)が、ドリーを称えるため空港名を変更する手続きを正式にスタートさせた。
現地時間9月11日、ナッシュビル国際空港を運営するメトロポリタン・ナッシュビル空港局(MNAA)の理事会は、ドリーの名前と功績を空港名に取り入れるための手続きを始めることを6対0の全会一致で承認した。現時点では新しい正式名称は決まっておらず、空港側は今後数か月で具体的な計画を発表するとしている。
ドリーは2026年8月25日に80歳で死去。今回の決定は、それからわずか約2週間後のこととなった。
改名を求める動きは行政から突然出てきたものではない。ファンのリディア・ポポビッチらが2025年からオンライン署名を展開し、ドリーの死後に支持が急増。署名は17万5,000筆を超えたとAP通信が報じている。
▼ ドリー・パートンの名をナッシュビル国際空港に――広がった改名運動を動画で紹介
動画は8月27日に公開されたもので、理事会による今回の承認以前に、空港をドリーの名前に変更しようという署名運動が急速に広がっていた様子を紹介している。公開時点ですでに12万人以上が署名していた。
テネシー州のビル・リー知事も8月28日、ナッシュビル国際空港をドリーにちなんだ名称にする方針を発表。ドリーの関係者とも協議しており、関係者側は多くの人々から寄せられた敬意に感謝するとともに、この構想について引き続き話し合うことに前向きな姿勢を示している。
改名が実現すれば、ドリーは全米で利用者数上位50に入る空港の中で、名前を冠する初の女性になるとAP通信は伝えている。大統領や軍人などの名前が付けられることも多いアメリカの主要空港で、女性ミュージシャンの名前が掲げられる歴史的なケースとなりそうだ。
興味深いのは、ドリー本人が生前、自分への大掛かりな顕彰には控えめな姿勢を取っていたことだ。
2021年には、テネシー州議会議事堂の敷地内に自身の銅像を建てる法案が提出されたが、ドリーは辞退。当時、「今ではなく、何年か先、あるいは私が亡くなったあとでも、それでも私にその価値があると思ってもらえるなら」といった趣旨のコメントを残していた。
そして今回、その言葉を思わせるように、彼女の死後、テネシーを代表する場所のひとつである空港にその名前を残そうという動きが現実になりつつある。
さらに、今回の改名をめぐっては珍しい“政治的な一致”も生まれている。テネシー州政府とナッシュビル市政府は長年、空港の運営権をめぐって対立しているが、ドリーを称えることについては双方が支持。州側の空港理事会だけでなく、ナッシュビル市長側も改名に賛成しているという。
「Jolene」「I Will Always Love You」など数々の名曲を生み出しただけでなく、教育や慈善活動でも故郷に貢献し続けたドリー・パートン。音楽や政治の垣根さえ越えて愛された彼女の名前が、今度は世界中から人々が訪れる“テネシーの玄関口”に残されようとしている。






