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GIMME A BREAK! アメリカンTV字幕翻訳者のひとりごと[連載終了]詳細

Vol. 23. 字幕翻訳の70年

2001年11月1日
今年は、映画に初めて字幕が付けられてから、ちょうど70年。これを記念して映画翻訳家協会主催の「映画字幕の70年」というセミナーが開かれたので、出席してきました。

セミナーにパネリストとして参加されたのは字幕翻訳界の第一線で活躍されている4名。清水馨氏(『蝶の舌』『山の郵便配達』)、菊地浩司氏(『ハムナプトラ2/黄金のピラミッド』『ジュラシック・パーク』)、映画翻訳家協会会長の戸田奈津子氏(『A. I.』『ブリジット・ジョーンズの日記』)。そして、私が以前からファンの石田泰子氏(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ショコラ』)が進行役として出席されていました。

映画翻訳家協会というのは、劇場用映画の翻訳を手がけられている翻訳家の方ばかりで構成されていて、現在の会員数はわずか21名。ダンディな菊地浩司氏がニコニコと「会員募集中です!」なーんておっしゃってましたが、もちろんそれは冗談。たとえば私のような、下っ端のペーぺーの駆け出し翻訳者が「一生のお願いです!入れてくださああーい!」と門を叩いたとしても、「100年早い!」と追い返されてしまうはずです。

とにかく入会の条件が非常に厳しいらしいと聞いて、なんだかものすごく堅くて怖~いイメージがあったんですが、壇上の様子を見ていると、みなさんとっても和気あいあいとした様子。4人の中で一番若い石田泰子さんが、お師匠さんの菊地浩司氏や会長の戸田奈津子氏のコメントに脇からユーモア溢れるツッコミを入れて、場内が爆笑することもしばしば。私は石田泰子さんの訳がとっても好きなのですが、この時の司会ぶりを見て、ますますファンになりました。「ああ、私もいつかあの輪の中に入って談笑してみたいわ…」と、会場を埋め尽くしていた字幕翻訳家志望者&駆け出し字幕翻訳者(予想はしてましたが…女性ばっかり!)はうっとりと夢みたに違いありません。

肝心のセミナーの内容は、「映画字幕の歴史を振り返る」というもの。みなさん、最初に字幕が入った映画がどの作品だったかご存知ですか? それはゲイリー・クーパーとマレーネ・ディートリッヒが主演の「モロッコ」です。字幕翻訳を担当されたのは故田村幸彦氏。字幕翻訳の先駆者としては、戸田奈津子氏の師匠だった故清水俊二氏が有名ですが、田村氏はその清水氏の師匠にあたる方です。

当時の字幕は、どんな表示方法が適切かも分かっていなかったため、今ではご法度とされる「3行字幕」なども使われていました。見本として、1934年に公開された「商船テナシチー」というフランス映画の貴重なフィルムの一部がセミナーで上映されたのですが、やはり見慣れない3行字幕にはぎょっとします。長いセリフだと、字がうじゃうじゃと出てきて、フィルムをどっかりと占領してしまう感じ。端のほうにいる人物などは、完璧に字幕の下敷きにされて埋もれています。やはりこれはマズイ、ということで、次第に3行字幕は廃れていったそうです。

字幕翻訳の苦労話も数多く披露されましたが、昔の翻訳で一番苦労されたのは、やはり聞きなれないモノの名前の訳だったとのこと。外国の文化が今ほど入ってきていなかったことから、日本語に置き換えるのに苦労したそうです。たとえばティッシュ・ペーパーも「さくら紙」と訳していたとか。コンピューターはもちろん「電算機」。逆に最近の映画で困るのは、言葉が非常に汚くなったこと。英語の場合、いわゆる「フォー・レター・ワード(卑猥語)」など、罵倒する言葉のバリエーションが多いのですが、日本語は少ないので困るそうです。一方、日本語は流行語が多く、どんどん表現が古くなってしまうため、ビデオ化された時のことも考慮して訳さなければならないのが大変。同じ映画でも「字幕を10年に1度入れ変えるべき」という発言もあり、考えさせられました。

貴重なフィルムをはじめ、達筆すぎて誰にも読めないということで有名だった清水俊二氏の手書き原稿(弟子だった戸田奈津子氏も「うーん…この字は何て読むんでしょう…」としばらく頭をかしげるような超~達筆!)や、カードライターさんが書いた手書きの字幕原稿、フィルムに字幕を打ち込む際に使う凸版の見本などを見せていただきながら、楽しいお話(と石田さんのツッコミ)を聞いていると、あっという間にセミナーの時間は終わってしまいました。

今回パネリストとして参加された4名の方は、字幕翻訳家になられた経緯もさまざま。「こういう風にすれば映画字幕翻訳家になれる、という決まった道はないんですよ」とどなたかがおっしゃっていたのが印象的でした。映画翻訳家協会には、もちろん、私のような翻訳学校上がりの翻訳者の方はいません。というより、翻訳学校で勉強して、劇場用映画の仕事をコンスタントにこなしているような方はまだ皆無だそうです。まだまだ道は険しそうですが…やっぱり私もいつかは劇場用映画の字幕を作ってみたいです。実は1度だけ、ある映画祭に出品された短編作品を訳したことがあるのですが、会場のお客さんが自分の作った字幕を見て「わっはっは」と笑ってくれたときの快感は忘れられません! これからも、目標は高ーーーく、がんばりたいと思います。(^o^)丿