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Vol. 31. 翻訳の“thousands of”落とし穴

2002年6月10日
エッセイ6「翻訳は数字との戦い」でも、算数に弱い私が日々数字と格闘している様子をお伝えしましたが、今回はその第2弾です。

先日、がん治療に関するドキュメンタリーを訳していたら「動物の体にはthousands and thousands ofたんぱく質が存在する」という表現が出てきました。このthousandsという単語はクセモノで、いつも苦労します。つい安直に「数千種の」と訳しがちですが、そこには深~い落とし穴が。ご存知とは思いますが、thousandsにはtens of thousands(万単位)、ことによってはhundreds of thousands(十万単位)の可能性もあります。数千と数十万じゃ、雲泥の差ですよね。最終的に、どうやってその訳語を決めるかというと…この「thousands」というテキトーな表現の裏に隠された本当の数字はいくつなのか、自力で調べるしかないのです。

上記の表現の場合は「動物の体内にあるたんぱく質の数」を調べればいいので、比較的楽なケースでした。ネットで調べれば、すぐに「人の体内のたんぱく質は全部で3万~10万種といわれており…」なんていう表現が出てきます。簡単に見つかったので上機嫌になった私は訳語を「動物の体には数万種のたんぱく質が存在します」に決定。やっぱり「数千種」では誤訳でした。

しかし、いつもこうやって簡単に実際の数値を確認できるとは限りません。「先日のコンサートにはthousands and thousands of peopleが来た」なんていう表現だと、非常にビミョーで困ってしまいます。普通のコンサート会場の席数は、小さめのホールで1000席ぐらいから、広いホールなら1万数千席前後だと思われます。でも、これが球場で行われたコンサートなら、5万人くらい入っちゃったかもしれません。(ちなみに武道館は1万5000人、東京ドームは5万5000人入るそうです。)訳語として「数千人が来た」と「5万人を動員」ではぜんぜん雰囲気が違うので、問題のコンサートが行われた会場の規模を調べる羽目になります。しかし、たとえばセントラルパークの野外コンサートなんかだったら、決まった席があるわけではありませんから、会場の規模を調べようがなく、お手上げ状態。「確かサイモン&ガーファンクルの無料コンサートのときは、50万人来たんだよなあ…」などとブツブツひとりごとを言いつつ再びネットを放浪し、音楽サイトやニュースのサイトで動員数の報道を探して、客数が「数千人」か「数万人」か「数十万人」なのかを確認します。

ついでに思い出しましたが、ある食品のカロリーを「1000キロカロリー」と書いたら、翻訳チェックの段階で「1000カロリー」に直されてしまったことがありました。それを直した方は男性。なぜ直されてしまったかというと「“1000”という数字と1000を表す単位の“キロ”が続くのはおかしいから、間違いだと思った」ということでした。確かに「カロリー」を単位として考えると、変な表現ですね。でもこの場合の単位は「キロカロリー」。女性なら雑誌のダイエット記事などで日常的に接する単位なので「1000キロカロリー」という表現になんの疑いも抱きません。

そもそも、なんでこんな混乱が起きたかというと、もとの英語で「1000 calories」と言っていたことが一番の原因でした。「えっ、それなら“1000カロリー”の訳のほうが正しいじゃん」…と、思うでしょう? 実は、またここに大きな落とし穴が。英語で「カロリー」という場合は「キロカロリー」を意味していることが多いのです。少し前までは、日本を含む各国で食品の熱量を表す単位「キロカロリー」を慣習的に「カロリー」と表現していたそうで、両方の表現が混在しています。日本では昭和54年から厚生労働省によって「キロカロリー」に統一されたそうですが、ネット上でも、まだ両方が使われているようです。ああもう、紛らわしい!(^^;;)

今日もまた、なんだか英語と全然関係ない調べ物に明け暮れる私でした。

それではまた!