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GIMME A BREAK! アメリカンTV字幕翻訳者のひとりごと[連載終了]詳細

Vol. 30. 額田やえ子さんの「アテレコあれこれ」

2002年5月2日
先日、吹き替え翻訳の大ベテラン、額田やえ子さんが亡くなったことを新聞で知りました。とても残念です。今ではちょっと考えられないことですが、まだビデオもBSもCSもなかった時代、民放のテレビでゴールデンタイムにたくさんの海外テレビドラマが吹き替えで放送されていました。海外ドラマに夢中になっていた中学、高校時代、私はどんなに額田さんの翻訳のお世話になったことか!心よりご冥福をお祈りします。

額田さんは昭和31年に「平原児キッド」で翻訳者としてデビュー、「逃亡者」「コンバット」「ジェシカおばさんの事件簿」「刑事コジャック」「マイアミ・バイス」「ツイン・ピークス」などなど、数多くの名作ドラマの翻訳を手がけられました。なんといっても一番有名なのは「刑事コロンボ」。あの有名な「うちのカミさんがね」という台詞を生み出したのも、もちろん額田やえ子さんでした。

額田さんがお仕事を始められたのはテレビ放送の黎明期。まだ一般家庭にはテレビが普及しておらず、ご自身の仕事の放送も近所の「おそば屋さん」まで見に行ったそうです。もちろん、家庭用ビデオデッキなんてシロモノは発売されていない時代。テープレコーダーも当時はオープンリールの大変高価なものしかなかったため、最初は音声もスタジオでしか確認できず、自宅での翻訳作業では英語台本のみが頼りだったそうです。ビデオをガチャガチャ使いながら、何度も画面と音声を確かめないと翻訳の進まない私なんぞは、その話を知ってビックリでした。しかも初期の吹き替え放送は、なんと生放送。声優さんがナマでしゃべり、音楽や効果音もその場で入れていたとか…! すごいですね。神業です!

そんな苦労を重ねられた時代のことや、吹き替え翻訳の手法などを紹介したエッセイが「アテレコあれこれ ―テレビ映画翻訳の世界(額田やえ子著、中公文庫)」という本で発表されています。額田さんの暖かい人柄を感じさせる、気さくな文章で、吹き替え翻訳の歴史や実際の仕事の流れなどがおもしろおかしく書かれています。

そして、この本の巻末には「こんなに違う訳し方 コジャックとコロンボの場合」という、とても興味深いコーナーがあります。これは、原文は同じ言葉でも、話す人物によってまったく違う訳し方をするという例を、数ページに渡り対訳形式で紹介するというもの。眼光鋭いコワモテ刑事のコジャックと、トボけた味のコロンボ刑事の特徴を見事に捕らえた台詞が並んでいて、なるほど! と感心してしまいます。ちょっとだけ、ここに引用してみますね。

Hold it!
コジャックの場合: 待て!
コロンボの場合: あ、そのまま

You gotta be kidding.
コジャック: なめるんじゃねえよ
コロンボ: ホントですか、それ

I don’t like it at all!
コジャック: 気にいらねえな!
コロンボ: 納得できませんねえ

Don’t try to be a hero.
コジャック: 粋がって無理するなよ
コロンボ: 無理しないほうがよござんす

ね、おもしろいと思いませんか? 読んでいるだけで両刑事の顔が浮かんできます。

この本は吹き替え翻訳のお仕事を目指す方には絶対オススメの本なのですが、少し古い書籍なので現在は入手困難のようです。書店でも取り寄せ不可能だと思われますので、ご興味のある方は古書店か図書館で探してみてください。文庫版は上記のタイトルで1989年に発売されていますが、オリジナルは1979年の「アテレコあれこれ ―テレビ映画翻訳作家うちあけ話(額田やえ子著、ジャパン・タイムズ刊)」という題です。お探しになる場合は、両方のタイトルで検索してみてくださいね。

額田やえ子さん、本当に長い間、私たち海外ドラマファンを楽しませてくださって、どうもありがとうございました!