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なかざわひでゆきの映画&海外ドラマがもっと面白くなる話詳細

オスカーノミネートに垣間見えるハリウッドの今 テレビドラマ黄金期がアメリカの芸術映画を圧迫!?

2013年1月22日
2年連続で作品賞候補に外国映画
その意味することとは…?


年明けの忙しい時期がバタバタと過ぎ去ったところ、気がつけばアカデミー賞シーズン本番。ひとまず、先ごろ発表された今年のノミネーションに目を通してみましょう。スピルバーグ監督の「リンカーン」が12部門で最多ノミネート。次いでアン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」が11部門ですか。作品賞の顔ぶれを見渡した第一印象は、昨年に比べるとやけにバラエティが豊かだなということ。去年の候補作は古き良き時代へのノスタルジーや懐古趣味という点で明確な傾向がありましたけど、今年はアメリカ史から中東情勢までテーマが非常に幅広く、なにかこう混沌としたものを感じるわけです。

そんな中で私が注目したのはミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」。オーストリア人の監督がフランス語で撮ったフランス・ドイツ・オーストリアの合作ということで、昨年の作品賞を獲得した「アーティスト」に続いて、非英語圏の外国映画がノミネートされたわけです。これが、ある意味で今のアメリカ映画業界の現状を垣間見させるなあと思うんですね。どういうことかというと、要はアカデミー賞候補に相応しいような作品が不足しているということなんです。

そもそも、過去10数年に渡ってハリウッドのメジャー映画はCGや3Dなどのギミックをフル活用したアトラクション的な娯楽映画への偏向が著しく、「ボーン・アイデンティティー」のダグ・リーマン監督も“スーパーヒーローやロボットが主役の映画じゃないと企画が通らない”なんて愚痴っていたほど。まあ、それは少々大袈裟な皮肉だとしても、メジャースタジオが単純明快なエンターテインメント作品に偏りがちなことは確かでしょう。その代わりとして賞レースで台頭したのが芸術性の高いインディーズ映画であり、’04年頃から数年間は「ブロークバック・マウンテン」や「ノーカントリー」、「スラムドッグ$ミリオネア」などのインディーズ作品がアカデミー賞など各映画賞を席巻したわけです。

ダグ・リーマン(左)とスティーブン・ソダーバーグ
Christopher Jue, Glenn Harris / PR Photos

しかし、このところそのインディーズ映画に元気がありません。各メジャースタジオが設立したインディペンデント部門も軒並み制作本数を減らしており、ワーナーは5年前にインディペンデント部門そのものをたたんでしまいました。その原因は何かというと、実はテレビドラマなんですね。中でも、ケーブル局で放送される「マッドメン」や「ボードウォーク・エンパイア」、「トゥルーブラッド」などの芸術性とメッセージ性と娯楽性を兼ね備えた作品の数々は、インディペンデント映画から観客を奪ってしまったとも言われています。

先ごろ活動の休止を宣言したスティーブン・ソダーバーグ監督は“最近のアメリカ映画の観客は、曖昧だったり複雑だったりするキャラクター設定や物語を嫌う傾向にある。ほんの一部の人たちしか良質の作品に興味を示さない”、“そういう良質な作品は、現在ではテレビで見られるようになったと感じている。良質な作品を観たい人たちも、テレビを見ているしね”とコメントしていましたが、実際に私もこの数年ハリウッドへ取材にいくたび、あちらのプロデューサーや俳優から同じようなことを聞かされてきました。優れた映画監督や実力のある映画俳優が、次々とケーブル局を中心としたテレビドラマへ活動の幅を広げていることもその証と言えるでしょう。その影響をもろに受けたのが、他でもないインディペンデント映画だったわけです。

昨年の「アーティスト」については、フランス映画だけどサイレントだし、中身はハリウッド黄金期へのオマージュだし、という“正当な理由”があったものの、今年の「愛、アムール」はそうした言い訳になるポイントすら見当たらない。もう一本、主要6部門にノミネートされた「世界にひとつのプレイブック」も、従来ならばアカデミー賞で評価されにくいライト・タッチのヒューマン・コメディですが、今年の作品賞候補のラインナップからは、そうしたアメリカ映画界の“苦しい今”が浮き彫りにされているように感じます。


史上最高齢と最年少が並んだ主演女優賞など
各主要部門候補者の注目ポイント


さて、作品賞で文字数をかなり割いてしまいました(笑)。その他の主要部門についてもざっと見ていきましょう。監督賞はゴールデン・グローブ賞や放送映画批評家協会賞を獲得している「アルゴ」のベン・アフレックがノミネートから外されてしまったのが意外。逆に、主要賞レースであまり名前の挙がっていないベン・ザイトリン監督の高評価が受賞につながるのか注目したいところです。

エマニュエル・リヴァ(左)とレオナルド・ディカプリオ
Laurence Agron, Andrew Evans / PR Photos

主演男優賞と主演女優賞は概ね妥当な顔ぶれかと思いますが、「愛、アムール」のエマニュエル・リヴァが主演女優賞候補に名を連ねているのは映画ファンとして非常に嬉しい。映画史に残る傑作「二十四時間の情事」に主演した御年85歳という大ベテランのフランス女優。こういう偉大な先輩にちゃんとスポットを当てるところがアカデミー賞のいいところです。しかも、史上最高齢のノミネート。一方、「ハッシュバビー〜バスタブ島の少女〜」のクヮヴェンジャネ・ウォレスはまだたったの9歳で、これがオスカー史上最年少でのノミネートになっています。

で、助演男優賞はゴールデン・グローブにエントリーしていたディカプリオが外れ、その代わりにデ・ニーロですか。相変わらずディカプリオはオスカーでの評価が低いですねえ。助演女優賞も他の賞レースには名前の挙がっていないジャッキー・ウィーヴァーがノミネートされており、なかなか行方の読みづらい感じになっています。とにもかくにも、現地時間2月24日の授賞式を楽しみに待ちたいですね。


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■ なかざわひでゆき プロフィール

幼少時代をモスクワで過ごす。日本大学芸術学部大学院で映画を研究。 主な著書「映画誕生100年物語」 (共著・共同通信社刊)、「アメリカンTVドラマ50年」(共著・共同通信社刊)、「ホラー映画 クロニクル」 (産経新聞)。 また「デジタルTV ガイド」、「スカパー!TVガイド プレミアム」、「TV Taro」、「スカパー!TVガイド BS+CS」などの雑誌に映画・ドラマ関連の記事を数多く執筆。テレビ情報番組や映画祭イベントのゲスト出演もこなしている。